さようなら 美しい女

数日前、ひっそりとプロフィール欄の一言を変更してみた。


「結婚しない女」


これはもちろん、ポール・マザースキー監督の「an unmarried woman」に由来する。
unmarried、つまり未婚、独身。
それを「結婚しない」女と名付けた映画配給会社のセンスには脱帽だ。


この映画で主演したジル・クレイバーグは、寡作な女優だが、私にとっては、この映画と、もう一本、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「ルナ」で決定的なインパクトを与え、スペシャルな存在となった。


どちらの映画もジルという、嫌味なく、知的で、美人というよりファニー、それでいて何か人目を引かずにはおれない存在感を持った女優なくして成功し得ない映画だったと思う。(もっとも「ルナ」は成功もしなかったのだが。)


「結婚しない女」については当時は恐らく多くが語られたのであろうが、私はよく知らない。


私が初めてこの作品を観たのは確か90年代後半で、当時はとにかくジルの自然体なスリムな肢体とか、娘との姉妹のような関係とか、彼女の友人関係(まさしくSATCの元祖)、ギャラリーに勤めてて芸術家の恋人がいるとか、何より彼女が住んでいたマンハッタンの高層マンションに随分と憧れたものである。
映画の内容自体に共感したわけではなかったように思う。


いま見直してみると、とても痛い内容だ。
若くしてウォールストリートの羽振りの良い株屋と結婚し、オシャレな仕事、かわいい一人娘と何不自由なく20年近く過ごしてきた女性が、ある日突然、夫に三行半を突きつけられる。
夫はブルーミングデールかどこかのデパートで知り合ったという25歳の女教師と恋に落ちたと泣きながら告白するのだ。
その告白を聞くときの彼女の「反吐が出そう」という表情。あの顔が本当に傑作。


しかしそこは70年代の女性。
何しろ時代は「飛ぶのが怖い」である。*1
ニューエイジかぶれっぽいカウンセラーのカウンセリングを受けたりしながらも、新しいBFを探しに街に出かける。
長い間恋愛から遠ざかっていた十分に成熟した女性が新しい恋愛を始める困難さ。
若い女に捨てられたと言って泣きを入れてくるくだらない元夫。
新しいボーイフレンドも、芸術家で一見「新しい男」のように見えて、結局は彼女を自分の世界の方に閉じ込めようとする。


そして彼女は彼の特大の作品を一枚、ひとり自分で担いで歩き出す。
女の自立。
それがエンディング。


おそらく当時は、まだまだ「女が自立して生きる」ということは一大事業だったのだろう。
ほんの四半世紀かそこらの間に、女性はもはや別の生き物に進化したのかもしれない。
今では「ひとりでも十分生きられるけど、ふたりでも悪くはない」程度だ。


つい先日も改めてこの映画を見直し、ジルの近年の作品を観てみたいなと思っていたところに彼女の悲報。
虫の知らせとはこのことかと思い、ショックである。
ご冥福をお祈りします。


なおそのニュースを知ったのは南波克行氏のHPからであった。私のとっちらかった文章を読むより彼の追悼ブログを読むほうがよほどマシである。
いつもステキな作品を紹介してくれる方だが、私の大好きな「ルナ」を評価してくれていることがとても嬉しかった。


http://green.ap.teacup.com/nanbaincidents/997.html


  

*1:最初、この本の題名を「いくのが怖い」だと思い違いして、散々検索しても出てこなくて参ったW